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(無題)

 投稿者:ルワンダ  投稿日:2019年 5月27日(月)12時08分26秒
  同じく。  
 

(無題)

 投稿者:津田沼  投稿日:2019年 5月27日(月)08時39分0秒
  ↓個別にコンタクトしてます。  

令和一か月

 投稿者:ウルトラマン商店街  投稿日:2019年 5月26日(日)12時36分59秒
  精神ボロボロ状態をやっと脱しつつある中の投稿。
昨年末までのから年度末まで。これが鬱かというくらいの
しんどい毎日でした。爆弾を抱えたままの年末年始。子供の顔を見ても
最後、会社を辞めるしかないかとテンションが一向に上がらない。
家に帰っても、大声を出してしまうなど、もう外部の力も借りねばと
1月精神科にも行きました。が、助手と医師の同じ質問攻めに、イライラする。
何とか薬を出そうとしてくる医者をふっきって帰る。
原因は不明でないなく、どこまでも片付かない仕事と分かってるので
一つひとつ乗り越えるしかない、年度末まで乗り切って、4月こそは
5月こそは・・これがまだ楽にはならない。
今日、一日を生きる。の精神。7時から23時を会社で過ごす。
しかし、この間、体調管理だけは怠らなかったというか全然もっているのは
ありがとうご先祖様でしょうか。戦争で亡くなった実祖父の苦しみに比べれば?

家に帰っても、二人娘のギャーギャー声で全く、休めない。集中出来ない。休まらない。自分の実力で家族を持つのは無理だっと後悔の日々。
それでもフランクリンの夜と霧だったり、それでも人生にYESといった本なり、
自己啓発系だったりをつまみ読みしたりでメンタルをつなぐ。
もう人生やり直したい、とつぶやいてしまったら奥さんにもブチ切れられ、
八方ふさがり。
何も出来なかった福山での新人時代が頭に。結局、何も成長していないのではないか。子供いて、急に仕事は辞められないし、この先を考えてもしんどい。
責任世代とはよくいったもの。実力を補っていくしかないが、無理なものは無理。
たまに心臓も痛い。欲しいものは、不安のない日々。

トランプが来ているらしい、茂原でゴルフの後、護衛艦かがに乗るとのこと、
かがも、次船のイージス鑑まやも鋼材はうちが入れてます。7月に異動しての
最初の仕事がこれだった。もう、1年たつのか。やはり同じ会社の中でも、部門・部署により働き方が全く異なる。。ボロボロ人間もいれば、ほぼほぼ定時の超絶ホワイトもいるし。部門転換も希望したいところだが、そうすると予期せぬ転勤もありそう。

忘年会、復活している様に頑張ります。
皆のご活躍を祈念しております。
 

写真

 投稿者:ルワンダ  投稿日:2019年 5月 1日(水)11時49分26秒
  令和ですね。

先日、実家に帰りました。
インドの写真が大量に。
ついでというか、むしろというか本納の家で24時間卓球の写真も見つけました。
年末楽しみにしていてください。

令和元年…。忘年会楽しみですねー。
 

一時帰国

 投稿者:ルワンダ  投稿日:2018年12月22日(土)01時28分24秒
  2019年元旦
ルワンダ に旅立ちます。
 

ビニール袋からスーツケース

 投稿者:スキンヘッド  投稿日:2018年11月25日(日)15時23分11秒
  サンドさん、結婚おめでとう!
素敵な結婚式でした。苦しみ半分、楽しさ百万倍ですね!
ほっこりした良い式でした。おめでとう!

今、成田空港でこれからデリーです。
ビニール袋でなくスーツケースです。
ワクワクではなく、がんばろです。
ドキドキではなく、おとしどころをさがしています。

そろそろ、ビニール袋にワクワクを詰め込む時期にきているかもしれません。

それでは行ってきます。
 

2018 猛暑

 投稿者:ウルトラマン商店街  投稿日:2018年 8月18日(土)12時42分28秒
  先月異動があり、今年こそ落ち着いた時間を過ごしたいと思いきや。。
造船ということで、この企業に入ったからには本丸といえば本丸。
もがいてみようかと思います。7月はイベント有り過ぎててんぱった。
ファミリーヒストリーは、浅草で木札屋をやってるおじさんが丸島さんで
インタビューするも、やはり同郷でしたが、詳細は不明。
とにかく房総の南が発祥かと。
さて、夏が終われば年末が見えてきますが、どこで飲みましょうか
 

ファミリーヒストリー

 投稿者:ウルトラマン商店街  投稿日:2018年 2月 4日(日)16時00分26秒
  遅くなりましたが、先月、次女が誕生しました。
仁実(ひとみ)です。いつかお目にかかります。宜しく~
2018年1月11日、戌年のワンワンワン

標題は今後のテーマの一つ。自分含め千葉の南部に姓が多いという
くらいの認識からの先祖探索。
祖父が東京大空襲でなくなった際の東京両国・墨田川沿いの住所は
今は大きなビルが建っているという。父が調べたのはそこまで。

日記。・・やはり無さそうだったが、写真と記憶でカウンターします。
 

ありがとう、お疲れ様です。

 投稿者:ルワンダ  投稿日:2017年11月29日(水)21時45分17秒
  サンドさん、10年越しの文章ありがとうございます。
文字に起こすのも時間と手間がかかったと思います。感謝です。

忘れたことや、知らなかったこと、覚えていたことも、文章を読んでいろいろな感情が。

個人的に今仕事で、インドに携わりながら楽しめていなかったんですが、サンドさんの文章とともに旅の想い出が、仕事を楽しくしてもらってます。とても助かります。

来月にインドに行きます。
インドを尊敬して、日本を尊敬されるように、仕事がしたいです。


また、いつか無理かもしれないけどまさよしさんマニュアルを作りながら、ゼロから旅しましょう!
 

2005/03/08 21日目 デリー→東京

 投稿者:インド旅行記2005  投稿日:2017年11月26日(日)18時38分7秒
  ついに最終日。今日も朝早くに目が覚めた。しばらくボーっとしていた。頭の中では"Stand by Me"がかかっていて、この旅を振り返っていた。最初牛や犬を見てワーワー言ってた3週間前が、本当に遠くのことのように思える。しばらくして丸さんも起きた。2、3「最後だ」的なことを話した。朝食は10時にして、あとの二人は今日は起こさない。丸さんはもう1回バザールに行った。俺は洗面台の前で髪を整えたり顔を洗ったりしていた。果てしなく思えた3週間がもうすぐ終わるんだ、と寝ている二人を待っている間ぼんやりと考えていた。9時を回ってか、たけしの声がしだした。向こうの部屋に行ってみると、二人はもう起きていた。丸さんが戻るまでトランプをする。このトランプもボロボロだ。20時間を超える電車の旅には大いに重宝したこのトランプ、3週間とは思えないほど汚れている。皆でダウトをやって、俺が勝ったあたりで丸さんが帰ってきた。とりあえず、飯を食おう。
俺はベジタブルチョウメンを頼んだ。もうブランチだったし。もちろんチャイも。丸さんは中華丼を頼んだ。何で今さら。でも出てきたものは意外とうまそうだった。お金を払ってから、たけしがコックに電卓をあげた。便利だろう(計算ヘタだし)。丸さんは長高ジャージを。コックは「OK」と言っていた。イヤイヤじゃないよね?たけしはまた「ククニーククニー(ひじ、ひじ)」と肘を指さしてコックを笑わせていた。
部屋へ戻り、荷造り。もう準備はできていた。後は行くだけ。フロントで待っているとボスがタクシードライバーが来たぞと教えてくれた。ボスと握手。適当で怖いがいい人だった。コックともお別れ。写真はさっき撮ったので、手を振って別れた。タクシーに乗り込む。狭い道をクラクションを鳴らしまくってメインバザールを抜ける。もう見納めだ。街道に抜けると、どんどんインドらしさが消えていく感じがした。40分ぐらい走って空港に着いた。便はしっかり出るみたいで一安心。休憩所は5時間前から使えるようなので、それまで待つ。インド人がよくわからない英語でまさよしさんに話してきた。「日本にインド人はいるのか」という内容だったようだ。13時30分になって休憩場に入る。すごく心地いい。売店も色々ある。昼にはハンバーガー(野菜のみ)とリプトン(なぜインドに)も飲んだ。しばらくゆっくりしているとやたらはしゃぐ子供が。たけしが色々動いて笑わせている。そこら中を走り回るその子に母親は手を焼いていた。近くまで子供が来て、俺らも笑っていると、母親が「日本人ですか」と聞いてきた。上手な日本語に驚く。なんでも日本に住んでいるそうだ。そのあともその子は走り回っている。大声を上げながら。いつか彼も口を閉ざすのだろうか。その時は頑張ってくれとなんでもないことを考える。
15時30分くらいになって外に出て、ゲートに向かう。チケットを見せて案内されて待っていると、たけしのお土産のラクダの椅子の脚(3本)が凶器とみなされ持ち込めないことに。チェックを受けて3本をまとめられる。これが成田で出てきたら笑えるねと話をした。持ち物チェックは続き、ここでまさよしさんのマサラを没収されてしまう。商品ではないからのようだ。とても残念だ。まさよしさんは何とかレシピを頼りに探すという。レシピを取っていたのは良かったと思う。持ち物チェックが終わるとそこはもう最後のゲート。しばらく待つと飛行機に乗り込む時間に。早いもんだ、これで最後だ…。席はみんなバラバラで、俺は窓際だった。ついに離陸。さよならインド。眼下にデリーの街が見える。あの雑然とした街が、遠くからは夜景がキレイに見える。3週間、あっという間だった。でもとても濃密な3週間。忘れることはないだろう。一冊にもなった日記もある。そこからの空の旅は早いものだった!バンコクまでもあっという間。22時間の列車の旅に比べれば。日本人が増えてきた。後ろのジジイどもがうるさい。こっちはしみじみしてんだ。成田が近づく。本当に飛行機早いなあ。着地も完璧に、全く無事に、俺らはインドから帰ってきた。みんな食べたいものはあるのに食欲がない。「帰りますかぁ!」と電車に乗る。街並みは全く違う。見慣れたものだけど新鮮に感じた。土気につく前、ボックス席の小さい台に卓球道具を乗せて写真を撮った。旅の終わりの一枚。丸さんは俺に、「じゃあな旅人」と言った。お前もみんなもそうだ。あの高3の日々がインドにつながっていた。遅れた卒業旅行だった。意味どうこうより、高校の友達と3週間インドに行けたことが第一に素晴らしいことだと思う。この旅を一言では言えないだろう。誰かと出会って、話をしたり、体験したり痛感したことが全て。とにかく嬉しい。これは一生ものだとはじめからわかっていた。そしてそうなった。ありがとうみんな。丸さんも言っていたが俺も同じ気持ちだ。これからも頑張ろう。そんでまたどっかに行こう。


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12年後のコメント
何だか盛り上がってしまっていますが、こんな旅ができたこと、それが嬉しかったんでしょう。時間が経つとなおさら、あのタイミングでしかできないことができたんだなと思います。「誰かと出会って、話をしたり、体験したり痛感したことが全て」。まさにそんな感じですね。

日記は原稿用紙で90枚ほどになってました。何かを思い出すきっかけになったら嬉しいです。次は他の方の日記を見せてもらったり、思い出した記憶などを忘年会で話せたら良いですね。
 

2005/03/07 20日目 デリー(計4日目)

 投稿者:インド旅行記2005  投稿日:2017年11月26日(日)18時31分53秒
  自由に動ける最後の日。今日はとりあえずお土産を買うことが目標だ。朝7時に目が覚めた。日本ではそんなことはあまりないが、一度で眠気がなくなった。顔を洗ったりしたのち、みんな起きて朝食へ。バナナパンケーキを頼んだ。朝には良いメニューだ。まさよしさんはコックにスパイス(マサラ)の買い方を聞いていた。俺と丸さんは紅茶を買いにコンノートプレースへ。駅から少し行ったところで、環状になっている市街だ。地図ではわからないがかなり広い。早くも迷い、道を尋ねながら行くが、いつまでたっても目当ての紅茶屋に着かない。1時間ぐらいで断念し、昼時になっていたのでマックへ。チキンマハラジャバーガー(辛め)を食う。マック店内は別空間。世界のマック化についてはディベートのテーマにもなったが、自分が食べていては批判もできないので黙るしかない。トイレにはセンサーが。逆カルチャーショックだ。やっぱり周りのインド人もどこか違う。外へ出るとそこはまたいつものデリーだ。地下道には乞食がいる。階段のところに右腕の全くない背中を見せる人が。丸さんも俺も通り過ぎたあと、「ヘコむな」と言ってしまう。昨日のジャマー・マスジットにも四肢がない人がいた。目をつぶってはいけないのだ。こういう人もいる。俺はそんな人もいる中で健康だ。なんだか申し訳なくなる。俺はこの体に見合った努力をしているだろうか。申し訳なくなってもしょうがない。何もできないんだから。自分に問いかけたことはそんなことだった。
今度は丸さんが昨日行った店へ。かなり迷ったがなんとか着く。店内はとても綺麗だ。日本語を話せる人がいた。ベラベラだ。試飲させてもらったところ、マンゴーティーがとてもうまかった。値段は425ルピーって高いな!と思う。しかし高級のようだし、確かに味も良い。変な置き場所に困るものくらいなら美味しく飲める土産がいいかなと思い、ほとんどの土産をお茶にすることに。スパイスがブレンドされたマサラティーというのも今まで飲んだことのない味だ。これなら文句ないだろ。高いけど。今まで買ってなかった分ここで使う。店を出て、丸さんとはここで別れる。俺はリキシャーでメインバザールまで戻り、ホテルに荷物を置いた。たけしとまさよしさんはもう戻っていた。しばらく休んだ後に、俺は額に貼るシールと土産のタバコを買いに行った。近くの出店では母親が娘に勉強を教えながら売っていた。しばらく見たあと、5つぐらい買った。タバコ屋では20ルピーの10本入りを5個。試しに吸ってみた。隣のじいちゃんと軽くおしゃべりした。本当に、いい人もいれば力の限りダマそうとするやつもいた。豊かな国から来たカモだから当然ダマしたくもなるだろうが、アーグラーの親父が言っていたように、お互いを尊敬できたらいいのに、と思った。「ナマステ」で両手を合わせて拝むポーズは、相手を敬っての気持ちの表れらしい。これから先、その心をもっと持てたらいいね、お互い。
丸さんは日が暮れてから帰ってきた。マダムとか言われてんだから心配するわ。みんなで最後の晩餐へ。チキンカレーのオーダーが四つ重なる。まさよしさんは作り方を見にキッチンへ。俺も少し見た。カレーはやはり辛かった!比較にならん。なんとか食べて一休みしていると、"Stand by Me" がかかった。あぁ、俺は多分このことを忘れないなぁ、と思った。丸さんもこの曲は大好きだ。ついに明日、日本へ帰る。長いようで短い3週間だった。


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12年後のコメント
まさよしさんもデリーでマックに行っていたとのこと。俺もほとんど同じ感想でした。その直後に地下道で見た光景とのギャップはよく覚えています。何という格差。
あとこの日の思い出といえば、"Stand by Me"がかかったあの瞬間。日記に書いてあるように、今でも心に残っています。
 

デリーではマックを食べました。

 投稿者:まさよし  投稿日:2017年11月19日(日)00時01分41秒
  マックのセットが150ルピー。2日目だったかに泊まった最も劣悪なホテルの1泊が100ルピーという物価の違いに衝撃を受けたのは今でもよく覚えています。何より、マックのセットがインド旅行で一番美味しかった。店も綺麗。

教育とか経済でインドは発展してるイメージがあるけど、そう簡単に格差社会は変わらないよね、という現実も一緒に味わいました。

ラクダ体操で怒られた人の帰省予定は12月29日~1月3日です。
 

(無題)

 投稿者:ウルトラマン商店街  投稿日:2017年11月13日(月)06時08分42秒
  やりましょう、たけし携帯変わった?なのでyahooメールだったかにも入れました。
8月以降、足元までずっとトタバタ。なんなんでしょう。
飲みましょう。出来れば金曜ですかっとがいいですか、日程調整しましょ。
ラクダ体操で怒られた人、帰省のご予定あるだろうか。
 

忘年会

 投稿者:たけし  投稿日:2017年11月 6日(月)07時23分52秒
  インド人コックによる、鳥の食べ方レクチャーは勉強になったと思います。

ところで忘年会やりたくないですか?みなさん?

インドの写真と思い出持ち寄って、キングフィッシャーで乾杯しません?

丸さんいかがでしょうか?
 

2005/03/06 19日目 デリー(計3日目)

 投稿者:インド旅行記2005  投稿日:2017年10月29日(日)15時41分55秒
  7時半頃起きて、チャイを一杯飲み、カットレットを食べた。いよいよデリーは近い。それまでは本を読んだり、大富豪をしたりして待っていた。着いた駅はニューデリーではなく、近くの小さな駅。降りるとそこは初日や二日目に見た、混雑したデリーだった。排気ガスで少しくもって見える。リキシャーを捕まえ、メインバザールへ。懐かしく感じる。日曜日だったからか、この前よりも活気があるようだった。前回泊まったホテルへ。コックに会うとすぐに思い出したようで、久々の再会を祝った。チェックインし、昼飯を食うことに。まさよしさんと丸さんは「チキンカレー」。俺は「トマトチーズスパゲッティ」。もうカレーはごめんだ。たけしは「スパニッシュライス」。二人の冷たい視線を浴びながらも食べ終える。これから夕方まで個人行動をすることに。
俺はリキシャーでガンディー博物館へ。50ルピーで料金は固定とかいうリキシャーだったが、目的地には着いたので払っておく。中に入ると、静かな公園のようだ。左に銅像が建っている。館内に入ると、メガネ、杖、懐中時計などが、フォークやスプーンとともに額に納められていた。写真室に入った。左手にいきなり、「国の父の最後の旅」と題された、ガンディーの国葬の様子が収まった写真が。沢山の花に包まれているガンディーを、何千人という人達が囲んでいた。いくつかガンディーの言葉を読んだが、その立ち居振る舞いといい、凄まじい境地だ。「もし暗殺されても怒りはない」と言ったという。また「救いようのない知恵より死がいい」と言ったと書かれている。ただ祖国のため、このいくつもの宗教と人種が混ざった、混乱の国の未来を案じていた。「私はすべての宗教を尊敬している。その根底にあるのは平等と隣人愛だ」。俺の英語力では細かいところまではわからないが、こういうことだろう。あなたの思いが今の世界にもっと響いたならと思う。紛争の大きな原因は人種と宗教。この違いをまとめようとしたガンディーの考えは、今日に通じるものがあるだろう。外へ出ると、小道に足型が。最後の日の足取りらしい。夕方、祈りに行く途中で彼は殺された。その場所には墓碑が。立派で有能な人間がその行いに報われず命を落とす。この世での悲劇だ。涙よりもただ残念な悲劇。こういう偉人がいたことは忘れてはならないことだと思った。
すべてを回って博物館を後にする。その後ジャマー・マスジットへ。外観は、というか、タージ・マハルを見てしまうと何もかも雑に見えてしまう。ただ、お祈りしている人がいて、生活に根ざしている感じは良かった。この日はフリーマーケットで、多くの人がパチモンらしきものや古着をしきりに売っている。この混雑、まさにインド。フリマを抜けて、サイクルリキシャーを二度値切り、メインバザールへ帰還。ホテルへ戻ると、まさよしさんとたけしがいた。たけしもガンディー博物館を見てきたようだ。しばらくして丸さんも帰還。夕食を食べに。すると、ウェイターがたけしの親子丼と相席した日本人のオムライスを間違えるという事件が。彼は本当に間違えていた。コック爆笑。こいつは面白い奴だよ。まさよしさんはコックにカレーのレシピを聞いていた。明日はついに自由に動けるラストの日。たくさん買い物をしよう。名残惜しくなってきた。


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12年後のコメント
ジャイサルメールの荒涼とした空気に触れたあとでは、排気ガスで一杯のデリーはなんだか憂鬱でした。
ガンディー博物館に行って、彼の思想に感銘を受けていますが、つくづく超人的な方だと改めて思います。本当の意味での平和主義を掲げ、それを他人にも求めるというのは、途方もなく厳しいことですね。
他の皆さんはデリー観光でどこに行ったのでしょう?
 

2005/03/05 18日目 ジャイサルメール→デリー

 投稿者:インド旅行記2005  投稿日:2017年10月29日(日)15時33分31秒
  一晩中蚊が耳もとで飛んでうるさかった。股は筋肉痛だ。今日はジャイサルメール最後なので、10時チェックアウトののち城へ向かい、16時の電車に乗る。朝食をとりに屋上へ。いつも同じ服のにーちゃん(俺に「病気か?」と聞いてきた)がいた。トースト&ベイクドビーンズとチャイを頼む。よく晴れている。暑くなりそうだ。
荷物を預け、城へ向かう。ホテルから大した距離はなく、すぐに着いた。石畳は滑らかで、坂道ではよく滑る。城はあまり大きくはない。出店や民家、ホテルなどで埋められている。中央広場で個人行動。30分後に集まることに。俺は西側の袋小路へ。ポストカードをよく売っている。登ると眺めが良さそうな階段はだいたい民家の中で、登るのは無理だった。途中たけしと会う。中央広場でまた別れた。今度は東へ。迷って、すぐ戻る。南方面は電線が低い所まであったが、それをくぐるとサバンナが一面に見えた。城壁に座っているとインド人が。タバコをもらう。当たり障りのない話をして別れる。気持ちのいい奴だった。30分経ったようなので中央広場へ。まさよしさんがいた。土産屋を見ているとたけしと丸さんも来た。みんなもう少し見て回りたいということで、12時にホテルの上のレストランに集合ということに。俺とたけしは入り口近くの革カバン屋へ。覗いていると、店主が来た。ここでたけしは別の店へ。俺は店内に入り、しばらく見ていると、カバンを指して店主が「ダルカライト」「ダルク」としきりに言う。俺が分からなそうにしていると、「お前が英語ができないから分からないんだ」と言ってきた。ムカッとする。すると、カバンの表の色の濃い方を指して「ダルク」、裏の色が薄い方を指して「ライト」と言った。あぁ、darkか!と納得。お前の発音が悪いんじゃ。そこで、「インド人は『r』を『ル』と発音するだろ?俺らは『ダーク』というんだ」と言った。すると「ここはインドだ」と言う。「そうだね、そうだね」と言っとく。無駄な会話だ。カバンをしきりに勧めてくるので、「刺繍があるやつはいいが、他はどれも同じに見える」と言って出る。店主は不満そうだった。
再び城内へ。丸さんと会う。ビューポイントは見ものだと聞き、東南方面のレストラン屋上へ。そこから見える景色は最高だった。ジャイサルメールの街並みを眼下に、遠くまで見える。店主にコーラを頼んで飲む。気分がいい。店主はいい人だった。そろそろ時間と思い、城を出て戻ろうとすると、迷った。城の見える方向が違うことに気づく。散々歩いた挙句、リキシャーを拾いホテルへ。下からみんなが見える。もうとっくに集まっていた。たけしとリキシャーの中から目が合った。笑ってる。レストランに着いて「迷った」と言うと、みんな予想通りの言葉だったらしい。
昼飯を食って、灰皿のお土産を買うために城へ。まさよしさんと同額の100ルピーで買う。気がつけばもう15時。駅に行かなければ。ホテルで集まり、リキシャーを拾うと明治大の人もいたのでいっぱいで入れない。するとホテルのジープが来て送ってくれるという。でも金はとるのか。ちゃっかりしてるなあ。駅に着くと電車はもう来ていた。SA1というクラスは2ndよりも席が広く、毛布もある。さすが1101ルピー。売り子も「チャイチャイ」うるさくないし、色々売ってるし。カットレットをパンに挟んだやつは辛いがうまかった。暇つぶしに4時間もブラックジャックをやる。たけし大負け。22時、ジョードプルで少し席移動。そこから先はもう寝るだけだった。再びデリーへ。ついに帰ってきた。旅は大詰めだ。


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12年後のコメント
城壁で会ったインド人にタバコをもらったこと。日記ではさらっと書いていますが、これは彼が今まさに吸っているタバコを、こちらにそのまま差し出して来たのでした。一瞬だけ、受け取るのをためらった自分がいましたが、これは躊躇してはダメだととっさに判断して、受け取ってすぐに吸いました。その後彼はまたタバコを吸い出して、一緒に座って何でもない話をしたのを覚えています。インドに着いて間もない頃だったら、できなかった会話だったかもしれません。皆さんのジャイサルメール最終日はいかがだったでしょうか。
それにしてもブラックジャック4時間ってやりすぎじゃないですかね。
 

(無題)

 投稿者:ラクダ体操を傍観していた男  投稿日:2017年10月29日(日)15時26分3秒
  ラクダ体操にまつわる二人の思い出、面白かったです。

まさよしさん横乗りのくだり覚えていたんですね。「よみがえる思い出」、良いタイトルです。
 

よみがえる思い出

 投稿者:ラクダ体操で怒られた男  投稿日:2017年 9月26日(火)20時15分56秒
  まずは、日記投稿まだできてなくてすみません。


砂漠の旅、砂川がラクダに横のりしたときのくだり、思い出し笑いしました。懐かしいな。

そしてラクダ体操。あのときも反省したし、今でも反省してます。

促されてやったのか…?そこは曖昧ですが、『いけるっしょ!』的な軽いノリでやったのは事実。

ラクダ使いに『ラクダは一頭8,000ルピーするんだぞ!生活の糧なんだ!』みたいなこと言われて本当に申し訳ないことをしました。

…でも後悔はしてません。
 

旅のハイライト!

 投稿者:ラクダ体操を促した気がする男  投稿日:2017年 9月26日(火)18時03分10秒
  キター!
旅のハイライトですね。

ラクダ体操をまさよしさんに促した気がします。ラクダのコブをあん馬にして体操をお願いしたような…。
でも相当へこみましたよね。大人になってきちんと怒られるとへこみますからね。
いろいろとすみません… まさよしさん。
 

2005/03/04 17日目 ジャイサルメール(3日目)

 投稿者:インド旅行記2005  投稿日:2017年 9月24日(日)19時10分54秒
  寝れるかなと思っていたら案外熟睡だったらしい。でも夜中にも目が覚めて、月が見えているのに気づいた。そういえば昨日ラクダ使いのヒゲオヤジが、「月の見えるポイントに連れてってやるから100ルピー」とか言ってた。その頃空は星しか見えてなかった。それを突っ込むと、「神の力で見せてやる」とか言い出す。勘弁してくれ。「OK?」としつこいので即「No」で返す。他にも「チャイのおかわり9ルピー」とか。「ジョーク、ジョーク」ってお金のジョークは通じないぞ。
朝、日の出前に砂丘を散歩。東の空がピンクに光り出す。夕陽より晴れてて綺麗だ。砂丘から日が昇るように見えるポイントを探してから、写真を撮る。他のみんなも砂丘をふらついている。夜はとても寒かった。ボトルの水が冷えたほど。みんな風邪は引いてないようだ。朝食はホカホカのゆで卵が出てきた。これはうまかった。何だかキャンプでのウマいメシって感じ。他はジャムトーストにクッキー。みんな平らげる。その後砂丘をバックにみんなで記念撮影。ゴールの記念って感じだ。たけしはヒゲオヤジと格闘しているポーズを撮った。オヤジが「お前が勝ったと写真を見せた人に言っとけ」と言ったが、たけしは「イエス、ユーウィン」とまったく噛み合ってなかった。面白いけどさ。これから2時間ラクダに乗って、それからジープでホテルまで、という感じ。アビディ達は4日いるらしく、ここでお別れ。飽きないかい?と思いつつ手を振る。
ラクダに乗ると、若いラクダ乗りがいきなり飛ばし出した。俺も縄を振り回し、ラクダの首に打ち、声を上げると走り出した。ケツが飛び上がり、思いきり打つ。1秒に2回ぐらいケツを打っていると、痛くて走るどころじゃない。しかし、別グループの二人乗りしたインド人が煽ってきやがった。腹が立つ。もう一回縄を勢いよく打ちつける。走る走る。痛い痛い。股も裂けそうだ。走って走って、一段落した頃にはまさよしさんたちを大きく離していた。たけしも走ってきたので、ケツが痛そうだ。みんなを待って、再び歩き出す。少し行ったところで横向きに乗り直すと、股が閉じられるので思わず「楽っ!」と言ってしまう。たけしとまさよしさんが反応。「ラクダに乗って何だって!?」としつこく聞いてくる。それだけは言ってなるものか。また別グループが見えてきたので、ラクダ使いが走り出した。縦に並んでいるので俺のラクダもつられて走る。もうホントに痛いから!と先頭に言うと、「寝りゃ治る」と言い出す。このヤロウ慣れてるからって…。ずっと走る。もうどうにでもなれという感じ。先頭グループが止まった。俺らも少し先で止まる。するとラクダ使いは「勝ったな」と嬉しそうだ。どうでもいいから。ここにジープが来るらしい。みんな降りて、股が痛い、と言う。ラクダも座って歯を擦り合わせ出す。固いものでも食っているようだ。ラクダ乗りと記念撮影。ジープが来るまで寝っ転がる。視界が開けている。360度何もないサバンナ、空は真っ青で雲一つない。丸さんは遠くで寝ている。たけしはマジで寝ている。みんなクタクタだ。1時間弱してジープが来た。ラクダ使いともお別れ。そこからホテルまでは近いもんだった。早いなあジープ。早速昼飯を食う。クリームパスタとポテト。全然ウマいなー。
昼寝した後、サンセットポイントへ。城が夕日に映える。町の人も見に来るんだ。夕日が沈んで、ホテルへ向かう。オレンジのソフトクリームを市場で買った。ウマかった!シャワーの後、夕食へ。日本人二人と合流。ウスイくんは矢部に住んでいるという奇遇。楽しく話をする。旅ってこういうところもいいなあと思う。明日はもうデリーだ。早いなあ。


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12年後のコメント
思わず写真を引っ張り出してしまいました。砂丘の朝日、絶景でしたね。これは言葉ではなかなか言い表せない。この日記では、温かいゆで卵の味や痛かった股、たけしと現地の方とのよくわからない会話など、そのあたりが補完できればと思います。
これだけ色々書いているのに、まさよしさんのラクダ体操を日記に書かなかったのは何でなのか謎です。いつも穏やかな顔をしていたラクダのマジギレ顔、本当に怖かった。そのあとラクダ使いにもめっちゃ怒られましたね。
 

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