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洋子さんが一時帰宅

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 8月21日(土)13時06分28秒
  単純ヘルペス脳炎になって、認知症状がひどかった洋子さんが、
一時帰宅できるようになった。大学病院からリハビリ病院に移っ
て、4ヶ月になる。
一時は、命も危ぶまれたのだから、夢のようだ。
毎週木曜に続けている、ワインでお喋りの、いつもの席に、洋子さ
んが座った。本当に嬉しかった。
記憶のない4ヶ月を、何度も、何度も聞き直す。脳の空白を、懸命
に探っている。

先日の、声楽の発表会には、彼女が作ってくれたドレスで歌った。
そのドレスを持ってくると、これを私が作ったの?と驚いていた。
少し、自信が付いた顔になった。

彼女の夫は、鬱病で、認知症が始まっているので、全くあてになら
ないが、何とか、掃除くらいは出来るようにしないと、洋子さんが、いつまで経っても帰ってこられない。

彼女は、要介護4,夫は、要介護1に認定されたので、皆で協力して、彼女が帰ってこられるようにしたい。
 
 

しばらく書いていないな~~

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 7月21日(水)23時55分47秒
  ん・・・随分と書いていない・・・

変わりなく・・・
ずっと変わりなく、介護で福島に行く事がメインの生活になっている。
胃瘻で入れている栄養食が、よほど症状にあったようで、義母は、
驚くほど回復してきた。
目の前から消えたことは、確実に忘れてしまうけれど・・・
先日は、息子達の名前を、全部忘れていたけれど、会話は、しっか
りと出来るようになった。
何とか、脳に刺激を与えたいが、側にいないので、難しい。
何か考えないと・・・
 

六月です・・・

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 6月 1日(火)10時44分42秒
  六月です。
もう六月、まだ六月・・・いろいろ感じるけれど、どんな月になるのだろう。
隔週での福島通いは、感覚的には定着したけれど、やはり、体力的には辛い。
前回は、炎天下での草むしりで、帰京後、発熱をしてしまった。
姑さんは、体力的にも、意識的にも、急速に回復してきている。
出来事を記憶する力はないので、目線の中に人が居ない時は、ずっと一人なのだ。
近い過去で、誰とも会った記憶がないのだ。
ベットに寝たままでの孤独感は辛いだろう。
何とか車椅子に乗れるところまで回復して、談話室で過ごせるようになって欲しい。

そうそう、今日は、衣替えで、東京の多くの公務員は、クールビズスタイルになる。
しかし、涼しい。
夫は、上着を着て出かけた。
この夏は、暑くなりそうもない。
衣料関係等々、夏物市場も寒いだろう。
世界情勢で、わが家の預金も、原資が、一千万円くらい減りしているらしい・・・
らしいって、考えると怖いから、考えない。
どんな夏が来るのだろう・・・
 

洋子さん

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 5月19日(水)18時34分28秒
  今、病院に見舞いに行ってきました。友人、洋子さんは、状態が
安定してきて、車椅子に乗るまでに回復してきました。
とにかく、命は助かった・・・本当に、本当に嬉しいことです。
私と近所の知人と二人が病室に行くと、すでに、3人見舞客が居
ました。
夫は、談話室に座っていました。
つまり、計6人が見舞いに来ていたのです。
毎日、毎日、見舞いが絶えないようです。
洋子さんの人となりが、何人もの、長いつきあいの友人達を作
ったのでしょう。
早く、彼女の記憶が正常になり、見舞い客の顔が判別できるよ
うになればいいのにと願います。
今日も導尿もしているし、食べるものも、一口くらいずつがや
っとなので、まだまだこのままの入院でしょうが、リハビリの
受け入り施設探しが始まっているようです。
年間、三百人というこの単純ヘルペス脳炎が、どんな症状で、
どのような予後を取るのかは私には分かりません。
でも、言葉は大丈夫なようです。文字も読めるようです。
後遺症が出ないで、彼女が復活してくれることを、心から願い
ます。
 

誤診の連鎖

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 4月30日(金)16時42分18秒
  友人は、21日くらいから具合が悪かったらしいが、26日には、
パートに出たそうだ。そこで様子がおかしくなって、近所の
杏林大学病院のリタイヤ医師が解離性鬱だろうと診断して、
杏林大学の神経内科に行った。
そこで、CT等は撮ったが、精密検査は来月19日で、それから
診断するということで帰されたらしい。
私に、近所の人が知らせてくれたのがその夜で、私は、すぐ、
友人の女医に連絡をした。女医は、翌日、診に行ってくれて、
内科に行くこと等を指示して帰ってきたそうだ。
長男、次男とも駆けつけて、再度杏林の精神科と、近所の内科に
連れて行った。杏林大学では、発熱しているので、症状が治まっ
てから考えましょうと言われたそうだ。内科では、発熱を風邪と
診断して、抗生物質が出た。友人の女医は、体液補強雨で、点滴
を始めた。熱は9度まで上がり、抗生剤を変えて投与したところに、
用事を済ませた私が行った。

受け答えの様子は、鬱症状ではなく意識障害だ。高熱による
意識障害ではない。家族が看護できるレベルの症状ではない。
友人の女医が次の点滴を始めようとするところで、私は、入院
させなければいけないと言った。
友人の女医に、杏林大学救急に電話をかけてもらった。
次男と女医が付き添って救急外来に行った。

そこで撮った脳のCTは、月曜よりも変性が進んでいたそうだ。
2日前から、2度にわたって杏林大学を受診していた患者の症状に
医師達は、非常に慌てたそうだ。MRIや、血液検査の結果、病名は、
単純ヘルペス脳炎だった。3週間の入院が決まった。

ここまで、何人の医者が関わったことか。最初の解離性鬱とい
う病名に、医者全員が縛られていた。他の医者の診断を否定す
ることが出来なかった。
致死率30パーセントにも成るヘルペス脳炎を見逃した。

友人が回復するかどうかは、まだ、分からない。意識障害のままだ。回復しても、後遺症が出るだろうとの説明だったそうだ。
ここまでに関わった10人以上の医者は、能力がなかったわけで
はなく、想像力がなかったのだろう。
命を守るのは、自分であり、家族の自主決断能力であると、痛い
ほどに思い知らされた。
 

親友が壊れちゃった・・・

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 4月27日(火)00時49分15秒
  古い友人の心が壊れた。

彼女は、背負いきれないほどの苦労を背負っている。
一番の苦労は、夫の躁鬱病だ。
世の中では、鬱病ばかりが話題になるが、躁病の方が、家族にとっては苦労が多いのではないだろうか。
彼女の夫は、躁状態で問題を起こし、会社を止める羽目になった。
年金が出るまでの10年以上、彼女が家計を支えてきたが、躁状態での浪費と暴言に、苦労は増えるばかりだった。
鬱のときは、介護は大変だけれど、暴言はないので、体は疲れても、心は傷つかない。言葉の暴力は、心を痛めてしまう。
それでも彼女は頑張ってきた。
頑張りすぎるほどに頑張ってきた。
愚痴を言わないで頑張ってきた。
そこに、強風で屋根がはがれて、修理職人を入れてみたらシロアリで・・・外壁も痛んでいるからと、家に、足場が組まれた。

彼女は、数日、家で寝込んで、それでも、パートに出かけたらしい。
パート先でへたり込んだそうだ。
解離性の鬱状態だそうだ。
人格が崩壊したのだ。

この40年来の友人を、私は、どう支えられるのだろうか。
 

直下型地震

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 2月26日(金)00時46分25秒
  今朝、8時半頃、ズシンという音がした。
地震かとは思ったけれど、ペンダントライトの鎖が、全く揺れていない。
暫くテレビ画面を注視していると、やはり地震速報が映った。
それにしても、奇妙な感覚なので、検索してみて驚いた。
完全な直下地震だったのだ。
家の場所と、北緯で、0.03度、東経で、0.06度の差だった。

近所の人たちと話をしてみると、揺れの感じ方が、非常に違っていた。
お向かいの人は、やはり、全く揺れを感じなかったそうだ。
10軒ほど離れた家では、夫婦で、顔を見合わせる揺れだったそうだ。
これだけの直下地震は、二度と経験することはないだろう。

それにしても、最近、竜宮の使いが、次々、網にかかっているというし、
大きな大王烏賊も揚がったという。
漁師さん達は、地震の前触れではないかといっているらしい。

いずれは来る大地震だけれど、せめて、温かくなって、ストーブなど
からの出火がない季節に来てほしいものだ。
 

認知症が改善なので・・・

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 1月27日(水)19時30分9秒
  姑さんの調子が、とっても良い。
驚くほど良い。

全くの寝たきりではあるけれど、手を動かせるようになってきた。
古い古い写真を、アルバムから外して見せたけれど、自分で持とうという
動作をした。勿論、顔の上までは上がらなかったけれど、意欲が出ただけ、
大変な変化だ。

前日、風呂の湯を張ったところで、給湯器が壊れた。
で、給湯器が壊れちゃったと話して、話題を変えて、15分くらい後に、家
の寒さを話題にした。
お風呂の出窓に突っ張り棒を張って、ゴミ袋をぶら下げたら、窓からの冷
えを防げたと話した。
その時、お風呂に入れたのか?との問いかけがあった。
これには、夫も私も、呆然とした。15分前の話題とつながったのだ。
とんでもなく大きな変化だ。
意識がしっかりしてきただけに、何もない天井を見つめるだけの生活は辛
いだろうと思った。
以前、近所の手芸クラブで作ったらしいハンカチ人形を、カーテンにぶら
下げた。自分が作ったという記憶はなかったようだが・・・

次に行くのは、夫の勤務の関係で、2週間空いてしまう。
間に、新幹線で行ってみようかと・・・
 

賀状整理・・・

 投稿者:笹竹  投稿日:2010年 1月 4日(月)11時05分35秒
  年賀状の整理が、まだ、途中です。
家から出た賀状は、695枚・・・
夫は、700枚買ったけれど、適当に買ったはずなのに、ぴったりの枚数・・・
こんな事でも、
「今年しゃ~~~ 春から、縁起が良いわい!!・・・」の気分。

お義母さんの賀状も、彼女の描いていた日本画と、近況写真を入れて、出し
ました。
老健施設の住所で出したので、返信は、そちらに来ているでしょう。
9日に行った時、又、一枚、一枚、見せて、その方々のことを聞く。
認知症には、とても良いリハビリになりそうです。

彼女が生きている限り、福島通いが続くでしょう。
私達夫婦が元気な間は・・・

とにかく、賀状を整理して・・・

住所変更の通知無しで引っ越す人もいるし、自分の住所を間違えて打って
いる人もいる。
名前が無い人も、毎年、2、3人は出る。

私の賀状では、一人、出しそびれていた人が居る。
だいぶ前に、癌が悪化していると聞いていた。彼女は一人暮らしなので、
亡くなっても、お知らせは無さそうだ。
それが、賀状が来た。症状が安定していて、旅行にも行ける状態だという。
特に構えなくても、近況を知らせられる賀状のありがたさを実感した。
この賀状のお陰で、例年にも増して、いただいた賀状の一枚一枚に、佳い
年でありますようにと祈らずにはいられない。
 

年が明ける

 投稿者:笹竹  投稿日:2009年12月31日(木)23時32分28秒
  ここに、何も書かず、年が明けようとしています。
書く気力がないのかな・・・
楽しいことは、いっぱいあったのに・・・

義母は、とても、良くなっています・・・笑えるようになりました。
会話が出来るようになりました。
しかし、それが、次も続くはずはないのです。姑は87歳です。
私の両親より30年も生きているのです。
それは、すごいことです。嬉しいのです・・・が・・・
そうして喜んで、彼女を抱えて、ベットに入れようとしたとたん、
腕が折れました。

先月、自分の状態が分かるようになったらしい姑は、手が動かないことを、
とても不思議がりました。動かないことを、不思議がるほどに回復したの
です。

怖いな・・・回復したために、夫は、期待している・・・
次の危機の時、夫は、どう対処するのだろう・・・
とにかく、年が明けても、姑の体調に、右往左往する日々でしょう。
とにかく、年は明ける・・・
 

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