Q.親の話を聞いてくれません、絆が切れたのでしょうか?
A.強い絆より深い絆で結ばれることを考えてください
| 子どもと関係を作るということを考えると、だいたい一緒に話をしようとか、遊びに行こうとか、すぐそんなことを思うでしょう。しかしそんなことじゃなくて「ねえ、お母さん」と、子どもの方から自然発生的に働きかけてきたときに、子どもの動きにスッと乗ることが大切なんです。 そのとき「うるさい」と突き放してるか、「はい、なあに」と、子どもの動きに乗っているかで、違ってくるんですよ。子どもにしたら、親と話すのはおもしろいんです。子どもの動きに乗るのがわりと自然にできている人は、子どもが来たときはちゃんと「ふんふん」と聞いていて、あとは適当にしている。横から見ていると、「なんや、あのお母さん、勝手なことしてるな」と思うけど、肝心なところを外していないんです。ところが親が主導権をとった場合は、「対話しなければならない」などと、どうしても頭でやっているから、子どもとはズレてくるんです。 親子の関係でよく言われるのは「絆」ということです。「絆」というのは、お互いどこかでつながっているということです。いざとなったらお互いになっているというのは、もちろんプラスですが、マイナスの方から言えば、自由を束縛されているということになります。だから絆は「ほだし」とも言って、「しがらみ」と同義語なんですね。 今は絆の薄い方が気になるから「絆」という言葉のほうがいい意味にばかり使われているけど、親がそう思っているとき、絆は子どもにとって、ほだしになっていることが多いんです。 「強い絆で結ばれている」という言い方がありますが、ぼくは絆は強めるよりも深めることが大事だと思います。 「絆を深める」とぼくが言うときは、絆の糸を長くして、ずっと深めていくのが理想なんdねす。お互いの関係の深いところを、なるべく遠く、それこそ「無限遠点」にまで持っていく。 その点を介してつながっていれば、相手がどこか遠くへいったって大丈夫。一番深いところでつながっているわけですから。 子どもとの間でも同じで、うんと深くしてつながっているのがいいと思います。その糸を、短くして強めている人は、相手をコントロールしているだけです。とこrが、どんどんどんどん深めていくと、相手はすごく自由になっていくんだけれど、ちゃんとつながっている。 短い直接的なつながりでやっていると、どうしても「ダメ」とか「いっちゃいかん」となってくる。自分の領域から出て行くことがたまらないからです。自分の領域にだけ子どもがいてくれることで、親が助かっている。それは、親が子どもに依存しているだけです。子どもの方は、もたれかかられてしんどいから逃げようとする。そうすると親は絆が切れたとか、子どもに裏切られたとか言うけれど、それは当たり前ですよね。子どもたちにしたら、息が詰まってしまってしょうがないわけですから。 人間関係というのは不思議なもので、ほんとに信頼してるのと、信頼の真似してるのとでは全然違う。そしてその違いは子どもには絶対わかるんですよ。 |
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